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桑原茉萌の経歴はバーレスクやキャバ嬢!バスガイドをしていたことも!




『バチェラー・ジャパン』シーズン4が配信開始ということもあり盛り上がっていますね。

桑原茉萌さんは赤く染めた髪色と「どうせ、私がNo.1」というキャッチフレーズで、15人の参加女性たちの中でも一際目立つキャラクターとして話題です。

『バチェラー・ジャパン』とは、成功を収めた1人の独身男性(バチェラー)のパートナーの座を勝ち取るために女性たちが競い合う恋愛リアリティー番組。

個々の生い立ちはもちろん、モデル・針灸師・会社員・医師・経営者など職業の異なる女性たちがあの手この手でバチェラーを堕としにかかります。

最初から自信たっぷりで挑戦的な桑原茉萌さんの職業はインフルエンサー。

そんな桑原茉萌さんは過去にバーレスクやキャバ嬢、バスガイドをしていた異色の経歴の持ち主のようです。

この記事では、桑原茉萌さんの経歴やプロフィールについてまとめてみました。

この記事でわかること

・桑原茉萌の経歴・バーレスクやキャバ嬢時代

・桑原茉萌のバスガイド経歴

・桑原茉萌のプロフィール




桑原茉萌の経歴はバーレスクやキャバ嬢!

桑原茉萌さんの経歴として有名なのが、六本木にある『バーレスク東京』のダンサーです。

『バーレスク東京』とは美女たちがセクシーな衣装でダンスや歌などの華々しいパフォーマンスを披露する、男性はもちろん女性からも人気のあるショークラブです。

桑原茉萌さんは元々物語の『シンデレラ』が好きだったことと、「シンデレラストーリーのように駆け上がっていけたらいいな」という意味を込めて“シンディ”という名前で活動をしていました。

 

バチェラーの紹介動画でも「シンディと呼んでほしい」と言っていますが、バーレスクのダンサー時代につけた芸名だったのですね。

桑原茉萌さんはダンス未経験だったにもかかわらず入店1週間でセンターに抜擢され、以降は1位2位を争う人気ダンサーとして活躍しています。

桑原茉萌さんがバーレスク東京に入ったのは、「大宮でNo.1」と称されていた人気キャバ嬢だった頃にスカウトされたことがきっかけでした。

 

小さい頃から目立つことが好きで芸能界にも興味を抱いていた為、「このお店なら憧れていたテレビの世界に近づけるかも」という思いもあったようです。

そもそも、大宮でNo.1キャバ嬢だったという経歴も驚きですね。

 

ダンサーの前身であるキャバクラの世界へ入ったのは、「せっかく一度きりの人生だから夜の仕事もしてみたい」と思ったからだとか。

その夜の世界でも、一年足らずでお店だけではなく大宮界隈のNo.1キャバ嬢へとのし上がっている実力の持ち主です。

正に“シンディ”の由来どおり、大宮から六本木のNo.1に駆け上がり憧れのテレビにも活躍の場を広げた桑原茉萌さん、凄いですね。

そんな華やかな経歴の持ち主である桑原茉萌さんですが、影では相応の努力もされているようです。

 

バーレスク時代は深夜2時の閉店後は当番制のトイレ掃除や始発時間までのダンスの猛特訓、時には壊れた衣装を自分たちで直すこともあったとか。

桑原茉萌さんは「(ダンサーは)思っていたのとは違った。もっとアイドルみたいな感じだと思った」と入店当初のインタビューで答えています。

それでもすぐに辞めることなく卒業するまでの1年8か月のあいだ同じ生活を続け、高い人気を保持しています。




桑原茉萌は高校卒業後にバスガイドをしていた経歴も!

桑原茉萌さんはバスガイドをしていた経歴もあります!

バスガイドをやろうと思ったのは、変化のある仕事がしたかったことや人の記憶に残りたいという気持ちがあったからだそうです。

 

バスガイド時代に自身で勉強をして書き溜めたノウハウが、びっしり数冊のノートに詰め込まれていました。

自分の伝えた話が「楽しかった」と言ってもらえることが嬉しかったそうです。

 

楽しくてやりがいのあったバスガイドの仕事を辞めたのは持病が原因

桑原茉萌さんは脂肪などが卵巣にたまり腫瘍ができる病気「卵巣腫瘍の皮様嚢腫(ひようのうしゅ)」で、高校3年生のとき手術をしています。

就職後は定期健診などで様子を見ながら働いていましたが、当時は覚えることが多く睡眠時間は2~3時間だったという過酷な環境に体調が悪化。

楽しかった仕事を続けることができず、挫折せざるを得なかったようです。

 

その後体調が安定し一旦は歯科助手として再就職しますが、命の危険を身近に感じる経験を経た桑原茉萌さんは「やりたいことをいっぱいやって人生を充実させよう」と決意。

そこからキャバ嬢を経てバーレスクのダンサーへと人生を進めます。

 

経験のなかったダンサーへ転身した理由の根底には、「人生一回きりだから」という持病を抱えていたからこその思いもあったのですね。

ちなみに桑原茉萌さんはキャバクラ時代、バスガイドで培った知識や言葉使い・空気を読む感覚などの経験が接客に役立ったそうです。

 

病気の体にお酒は大丈夫なのかも心配になりますが、桑原茉萌さん曰く「(バスガイドの時より)睡眠時間は取れるし、お酒は苦手と言えば無理に飲ませる人もいなかった」とか。

今でも定期健診で病気の様子をチェックしているようですが、桑原茉萌さんの元気な活躍ぶりから深刻な問題はなさそうで安心しますね。




桑原茉萌のプロフィール

24歳にして様々な経歴を持つ桑原茉萌さんのプロフィールを見てみましょう。

  • 名前:桑原茉萌(くわばら・まほ)
  • 生年月日:1997年6月19日(24歳)(2021年11月現在)
  • 身長:158cm
  • 出身地:宮城県
  • 最終学歴:埼玉県立庄和高等学校

桑原茉萌さんは生まれは宮城県ですが、幼少の頃に埼玉県に移って以降は埼玉で育ったようです。

 

続いて、職歴のまとめです。

  • バスガイド
  • 歯科助手
  • キャバ嬢
  • バーレスク東京のダンサー
  • タレント、インフルエンサー

桑原茉萌さんはYouTubeも開設していますが、内容はラーメンの食べ歩きが多いようです。

ラーメン好きなんですね。

ご自身のSNSでも「好きなものを食べるためにトレーニングをしている」とジムに通っている様子を報告しています。

スレンダーな美ボディを保つための努力もしっかりとされていることが分かりますね。




まとめ

『バチェラー・ジャパン』シーズン4に出演する桑原茉萌さんについてのまとめは如何でしたか?

現在はタレントやインフルエンサーとして活動をしているようですが、2020年11月頃までは六本木のショークラブ『バーレスク東京』の超人気ダンサーとして活躍していた経歴がありました。

更に桑原茉萌さんは、大宮でNO.1キャバ嬢だったという華やかな経歴を持っています。

そのキャバ嬢時代にスカウトされてバーレスクへ転職し、そこで「シンデレラストーリーのように駆け上がりたい」と“シンディ”という芸名をつけます。

『バチェラー』での強気な態度からも常にNO.1の座を手に入れ輝いた時間を過ごしてきたように見える桑原茉萌さん。

実は、高卒でバスガイドに就職したものの持病の悪化のため途中で諦めた過去を持っていることが分かりました。

命の危険と挫折を味わったことで「一度きりの人生を充実させよう」と一念発起。

また、それまでの影での努力が加わり現在の桑原茉萌さんが在るようです。

元々芸能界への憧れも持っていた桑原茉萌さん。

話題のテレビ番組出演を果たしたいま、正にシンデレラのように人生を駆け上がろうとしている所なのかもしれませんね。