スポーツ

飯田貴之の進路は富士通!青学・高校・中学時代の記録についても

今や大学の駅伝界をリードする存在となった青山学院大学。

そこで主将を務める飯田貴之選手の進路に注目が集まっていましたが、

「富士通で競技を続ける」

との報道がありました。

箱根駅伝では3年連続で区間2位。

2年の時には、優勝メンバ-。

そして4年生となった今年は青学の主将を務めている飯田貴之選手

そんな飯田貴之選手が、

陸上の強豪である富士通入りということで卒業後もその活躍が期待されています。

そこで今回は、

『飯田貴之の進路は富士通!青学・高校・中学時代の記録についても』

と題し、

飯田貴之選手の進路先である富士通の陸上部のことや監督について調べてみました。

また、飯田貴之選手の青山学院大学、高校、中学時代の記録についても改めてまとめました。



飯田貴之の進路は富士通!

飯田貴之選手の進路は富士通です。

まだ今は、「全日本大学駅伝」や「箱根駅伝」といった大きな大会が残されているので、

「飯田貴之選手は富士通で競技を続ける予定」

といった情報しか聞こえてきませんが、

各紙が報じているので間違いないでしょう。

富士通の陸上部は、1990年に全国各地にあった事業所で活動する選手を集め、

さらには新卒者を迎え発足します。

競技種目は、長距離をはじめ、短距離、跳躍、投てき、そして競歩と多岐に渡ります。

実績としては、

1992年のバルセロナオリンピックから2021年の東京オリンピックまで8大会連続でオリンピック選手を輩出しているほか、

全日本実業団駅伝大会では3度の優勝を誇ります。

まさに、名門、強豪の名にふさわしいわけですが、

飯田貴之選手は卒業後の進路先としてこの富士通を希望しました。

実績のある陸上部ということで、自分を高めてくれる環境であると判断してのことだと思います。

青学から富士通は青学初!

青山学院大学から富士通へ進んだ選手は、飯田貴之選手が初めてのようです。

駅伝に限って言えば、青山学院大学が強さを発揮するようになったのは、数年前からです。

青山学院大学から強豪、富士通へという進路は、ひと昔前なら選択肢として考えにくかったのかもしれません。

しかし、現在の大学駅伝界は青山学院大学を中心に回ってると言っても過言ではありません。

そうなった要因は2004年に就任した原晋監督の選手の自主性に任す指導の賜物のようです。

原晋監督が就任した頃の青山学院大学は、箱根駅伝の予選も通過できないような弱小チームでした。

原晋監督は、強いチームとは、

「指示がなくても部員1人1人がやるべきことを考えて実行できるチーム」

という考えのもと、数年かけて選手の意識改革をおこないます。

2018年、青山学院大学が箱根駅伝で総合4連覇を達成した時、原晋監督は勝因について、

「真の自主性だと思う。私がいなくても選手自らでしっかりまとめるチームができたから」

と述べています。

そういった自主性が求められる青山学院大学のチーム環境の中、主将を務める飯田貴之選手。

選手としての実力もさることながら、

そのリーダーシップと状況に応じて自分の頭で考えることができる能力は、富士通へ行っても遺憾なく発揮されることでしょう。

富士通の監督は?

富士通の陸上部の監督は福島正さんです。

福島正監督は現役時代、長距離の選手でした。

1993年に開かれた東アジア競技大会の10000m走において銅メダルを獲得しています。

福島正監督は、高校卒業後の1983年、富士通に入社。

選手としても陸上を続け、1999年には陸上部のプレーイングコーチに就任します。

そして、全日本実業団駅伝では、4区を走り初優勝に貢献しました。

その後、2002年には、コーチに専念、更に2004年から現在まで、監督を務めています。

全国各地の営業所にいた選手たちを集結させ、

「オール富士通」で陸上部が発足したのが1990年です。

福島正監督は、その頃現役バリバリだったわけです。

長距離の選手として実績があり、強豪、富士通の歴史も知る福島正監督。

飯田貴之選手が富士通で競技を続けることを決めた背景にこの監督の存在も大きいかもしれません。



飯田貴之の青学時代の記録

ここで改めて、飯田貴之選手の記録、実績を振り返ってみたいと思います。

飯田貴之選手の青山学院大学での記録は次の通りです。

【大学1年】

出雲駅伝
メンバー入りするも補欠で終わり出場せず。

全日本大学駅伝
補欠。

箱根駅伝
8区を担当、区間2位。

国士舘大学競技会
5000mで自己ベストの14分7秒55を記録。

【大学2年】

出雲駅伝
補欠。

全日本大学駅伝
8区を担当、区間7位。

箱根駅伝
5区を担当、区間新記録をマークする(区間2位)。
チームは2年振りに総合優勝を果たす。

高根沢町元気あっぷハーフマラソン大会
自己ベストの1時間3分10秒で優勝。

関東学連10000m記録挑戦競技会
自己ベストの28分49秒45を記録。

【大学3年】

出雲駅伝
開催中止。

全日本大学駅伝
補欠。

箱根駅伝
9区を担当、区間2位。

【大学4年】

出雲駅伝
2区を担当、区間7位

大学3大駅伝と言えば、出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝です。

飯田貴之選手は、出雲駅伝と全日本大学駅伝は、

補欠で走れなかったりした年がありましたが、箱根駅伝に関しては1年の時から走っています。

成績はと言うと3年連続で区間2位です。

2年時には区間新記録をマークしており、かなり凄い成績ですが、

本人としては2位というのが悔しいようです。

そういったわけで、最終学年である4年生は競技に打ち込みたいと、

3年生の時に取れる単位はすべて取ったと言います。

学業との両立は大変だったようですが、本人いわく、

「やるべきことはやらないと気が済まないタイプ」

だそうで、試験時には、部活の時間を融通して勉強に集中したそうです。

大学3大駅伝の中でも、日本中の注目を一番に集めるのは箱根駅伝です。

飯田貴之選手が2年生の時、青山学院大学は総合優勝を飾っていますが、

今年は総合4位に終わってしまい、非常に悔しい思いをしました。

主将として迎える来年正月に行われる箱根駅伝、飯田貴之選手はリベンジに燃えています。



飯田貴之の高校時代の記録

飯田貴之選手の高校時代の主な記録は次の通りです。

【高校1年】
・全国高校駅伝
3区担当、区間17位(チームは総合9位)。

【高校3年】
・都道府県対抗駅伝
1区担当、区間13位(千葉県チームは総合3位)。

飯田貴之選手が通っていた高校は、千葉県にある八千代松陰高校です。

八千代松陰高校の陸上部は、全国総合体育大会優勝や、全国高校駅伝準優勝などの成績を残しており、強豪校として知られています。

飯田貴之選手は、一見飛び抜けた成績だったというわけではないようですが、

見る人が見ると違うようです。

その走りは、青山学院大学の原晋監督の目にとまります。

飯田貴之選手は原晋監督のスカウトを受け、青山学院大学へと進学しました。

飯田貴之の中学時代の記録

飯田貴之の中学時代の主な記録は次の通りです。

【中学3年】・都道府県対抗駅伝
6区担当、区間10位。

飯田貴之選手が通っていた中学は、千葉県の東庄町立東庄中学校です。

飯田貴之選手は中学で本格的に陸上競技に取り組み始めたそうです。



まとめ

今回は、富士通への進路が報道された青山学院大学主将、飯田貴之選手について調べてみました。

飯田貴之選手の卒業後の進路は富士通。

飯田貴之選手は、富士通で競技を続けていく方針。

青山学院大学から富士通へは飯田貴之選手が初めてで、

富士通の陸上部は、数多くのオリンピック選手を輩出している強豪。

富士通の監督は、選手としての実績もあり、長らく富士通の陸上部に関わってきた福島正監督だということが分かりました。

毎年10月を過ぎると、有名選手の卒業後の進路が話題になります。

確かに気にはなりますが、それと同時にこの時期は、大学3大駅伝が始まります。

3つ全て優勝することを「3冠」と言いますが、青山学院大学は、それを目標に掲げていました。

先日行われた出雲駅伝で青山学院大学は惜しくも2位に終わり、早くもその目標はついえました。

しかし、飯田貴之選手をはじめとする青山学院大学の選手たちは気持ちを切り替え、

「全日本大学駅伝と箱根はとる!」

と、燃えています。

主将として迎える最後のシーズン、飯田貴之選手はどんな走りを見せてくれるのか、

青山学院大学は、全日本大学駅伝と箱根駅伝は優勝できるのか、

また新たな感動が生まれることでしょう。

目が離せないですね!