自民党政治への国民の怒りが政権交代を生み出した2009年に続き、2010年は国民のための政治への流れをさらに飛躍させる年です。そんななか、岩手県沢内村(現・西和賀町)で日本で初めて老人医療費を無料にするために奮戦する村長や村民の姿を描いた映画『いのちの山河』が好評です。新春にあたり、深沢晟雄(まさお)村長役として主演した長谷川初範さんと、医師でもある日本共産党の小池あきら参院議員(東京選挙区予定候補)が語り合いました。
長谷川 「困ってる人救うのが政治」 小池 「”国会病院”で政治を治そうと」
小池 沢内村は特別な思いがある場所です。私は東北大学の出身で、深沢村長の後輩にあたるんです。実は、沢内病院の元院長の増田進先生も、同じ東北大の先輩で、学生のときに訪ねました。私が行ったのは夏の時季ですが、緑がすばらしくきれいでした。映画では、病気になっても医者にかかることができず、初めて診てもらうのは死亡診断書を書いてもらうときだというシーンが最初に出てきますね。それでいいのかという怒りを、深沢村長の子どものころの経験、原点として描いています。
長谷川 私は、この映画は「偉人伝」ではないんだという気持ちでかかわってきました。深沢村長は、大学を出て医師になるはずだったのに、途中で哲学科に変えてしまいます。映画では、父親に聞かれて釈明のように「実習で血を見ると気絶してしまうんです」なんて言っていますが、あのセリフは私が監督と相談してつくりました。50歳近くなってもいろいろと思いが遂げられず、定職もないまま、久しぶりに村に帰ってくる、そういう男のちょっとダメなところ、情けなさから映画を始めたいと思ったんです。
小池 そうだったんですか。
長谷川 この村で面白いと感じたのは、深沢村長もそうですが、それまで政治をやっていたわけではない人たちが集まって、車座で議論してそこから助役になったり教育長になったり、村をよくしようと取り組むところです。
小池 政治って、政治のプロがやるものではなく、本当はそういうものなのだと思います。身の回りの問題を何とかしたい、少しでもよくしたいというのが出発点です。沢内村でいえば、雪をかいて道を作ろうとしたり、赤ちゃんが死ぬのを減らしたりするにはどうしたらいいか、と取り組む。私も医療現場での体験が、自分の「政治家」としての原点です。
長谷川 そこが小池さんのキャリアで一番、共感するところです。目の前にいて困っている人たちを救いたいというのは、政治に対する何よりの原点だと思います。地域のために何をしたらいいのかという素朴な思いを、政治家の人に忘れて欲しくないですね。
小池 共産党の議員は、たとえば「国会議員になりたい」と思って共産党に入ってきた人はいないんです。みんな地域や職場を、少しでもよくしたいと運動するなかで共産党に接近し、そのなかで議員として活動しています。私も医療現場にいたときには、働き盛りの人が長時間労働で病院に来れず、やっと来たら末期がんで手遅れだったといった姿を見て、政治を変えないと目の前の人も救えないと感じました。いまは「永田町の国会病院で、日本の政治を治す仕事をしている」と自己紹介しています。
長谷川 すばらしいことだと思いますね。
長谷川 「めげずに挑む村長に共感が」
長谷川 私は北海道の出身なのですが、子どものころに父親が青年会議所を作って、仲間がよく夜に家に集まって話し合ったりする姿を見ていました。子どもたちにスケートリンクを作ろうと、夜遅くまで水をまいたり、山の上の小学校に文房具を届けようと長靴はいて登ったり、新しい時代のために大人たちが無償で働きまくっていましたね。
小池 映画と同じですね。
長谷川 冒頭シーンの馬ぞりも、子どものころに乗ったことがあるんです。この映画の世界は、私にとっては「ああ、親父たちの話だ」と感じました。
小池 みんなが車座になって日本酒を酌み交わしながら、憲法について論じるとか、ああいう息吹きが面白かったですね。深沢村長の言葉ですごいなと思ったのは、医療費無料化をやろうとしたとき、「国民健康保険法に違反する」とされたのに対しても、岩手県庁に行って「法には違反しても、憲法25条には違反しない」と言うところです。一番、本質的で分かりやすいことをズバリと言う。やられたなと思いました。
長谷川 喧嘩上手ですよね。当時、深沢さんの運転手をしていたという人にも会ったんです。県庁に通う間、村長はうまく行かなかった日は落ち込んだりしてたんですかと聞いたら、いつも後ろの座席で「今回はこれじゃ通じなかった。だけど、こういう方から攻めたらどうだ」とか、打ち合わせをやっていたというんです。ネバーギブアップの人なのだと思います。
小池 深沢村長の仕事の土台に、憲法があったんだということを、改めて映画から感じました。憲法が古くなったというような議論もありますが、実際はまだまだ憲法で示されたものが実現していない。深沢さんのように憲法を足がかりにして、行政や政治が住民を守るという仕事がこれからもっと必要だと思いました。そうやって行政に取り組んだ深沢村長が亡くなったとき、村人たちが雪の中で、ひつぎを乗せた車を迎えるところでは、涙がこみ上げました。
長谷川 実話なんですね。集められたわけでもないのに、600人ほどが集まったと言います。
小池 行政の責任者が亡くなって、ああいう風に村民が悲しむ。そんなことって、あまり聞きませんね。
長谷川 そうですよね。でも心から行政に取り組んでいれば、そうなるんじゃないかと思うんです。あのシーンは、各地からエキストラの人がバス3台くらいで集まってくれて撮影しました。吹雪のなか、4―5時間も立ったままで撮影に協力してくれたんです。
小池 「高速道路より医療費無料が先」
小池 医療費無料化は、いまから50年前に沢内村から始まって、全国に広がりました。忘れかけているけれど、日本は少し前まで、老人医療費も、サラリーマンの健保本人も無料だったんですよね。それが、いまは病院にいったら窓口でお金を払うのが当たり前のようになっています。医療費は、本来、無料が当然なのだと私は思っています。
長谷川 長い間、苦労されたお年寄りは、とくにそうあるべきですよね。沢内村から全国にまで広がって、良いところまで行ったのに、なぜ変わってしまったんでしょうか。
小池 これまでの政治には医療費にお金を使うのは無駄だという発想があります。でも、それは違う。医療にお金を使えば、雇用を生むし、何より健康になることはその人にとって幸せなことです。また、病気が治れば、新たな活力も生まれます。重荷ではなく、国の発展の原動力だととらえるべきです。
長谷川 私はキューバ革命を起こしたゲバラが大好きなんです。そのキューバは、医療費が無料で、医療にお金をかけて医学生を増やしているので、世界各地に医者を「輸出」していますよね。以前、ベネズエラに行って最高級の施設が整っているという病院を見せてもらったら、医者はみんなキューバから来ていました。
小池 アフリカなどにも、キューバの医師がたくさん行っています。そういう国は、国際的にも信頼が高まりますよね。本当は、憲法9条、25条を持つ国こそ、そういう仕事をするべきだと思うんです。子どもの医療費無料化に必要なのは3000億円、老人医療費無料化で1兆円。両方で、高速道路無料化に必要な1兆3000億円と同じ金額です。高速道路よりも、まずは医療費を無料にするのが本来だと思います。
長谷川 本当にそうですね。憲法9条についての私の考えなんですが、第二次大戦で日本は散々に負けて、国際的な戦争をする才能がない国だとはっきりしたんだと思います。それだったら、世界に感謝される国になったほうがいい。良いお医者さんをたくさん育て、科学技術もあるんだから最先端の医療施設もつくる。アジア中、世界中から来てもらうようなそういう国になるべきだと思います。
小池 その意味では、映画のテーマになっている「“いのち”に格差があってはならない」ということが原点で、忘れてはいけないことですよね。私は沖縄の「命どぅ宝」(命こそ宝)という言葉が大好きです。深沢村長も、「人を殺して得られる幸せなど断じてありえない。最大の人間苦をもたらす最大のものは戦争だ」と話されてますね。9条と25条は表と裏の関係にあります。村長として命を守る立場でがんばった人が、平和についてもこういう発言をされていることが、本当に大事なことだと思います。
長谷川 「貧困にあえぐ人々の希望に」
小池 深沢村長は、村に医師を呼ぶため、何度も東北大学に通いますね。
長谷川 あのなかで、教授との面会を待ちながらおにぎりを食べるシーンがありますよね。あそこも、監督と話し合って入れてもらった場面です。話を聞いてもらうまでは何度でも通う様子が、面白く伝わるかなと思ったんです。
小池 映画ってそうやって、脚本を俳優さんと監督が共同作業で変えながら作っていくものなんですね。
長谷川 脚本は、建築の設計図みたいなものですから。建築に入る前に、ここを直したらどうだとか、ここはこの作り方でいいのかとか考えます。人にもよるでしょうが、私はそれを徹底的にやるほうで、今回も時にはけんか腰になりながら議論しましたね。
小池 そうなんですか。
長谷川 私はもともと俳優よりも、今村昌平監督のもとで映画をつくる側から出発しました。今村さんは、10年かけて1本の映画をつくるという発想の人で、脚本も10回くらい書き直して初めてものになるという考えでした。その影響で、私も俳優の仕事は脚本の見直しが8割で、あと2割を現場で演じるものだと思っています。
小池 そういう努力が詰まった映画なんですね。また、見たくなってきたな。
長谷川 ぜひ、どうぞ。人間のあたたかさ、怒りや笑い、泣きというのをまんべんなく、そして箸休めも入れて、と。何度見ても楽しめるように、味わい深く作っていますから。今回の映画は、アジアやアフリカ、南アメリカなど世界各地の深刻な貧困地域をまわって、見てもらうような映画にしたいとおもって参加してきました。子どものころ、屋外の劇場でゴザを敷いて、みんなで映画を見るというような映画会があったんです。そういう形で、貧困にあえぐ世界の子どもが星空の下でこの映画を見て、「この村もよくなるはずだ」と思ってくれたら、どれほどの影響があるだろうと思います。
小池 アジアや世界の人々が見て、日本にこういうたたかい、努力があったんだと知ってほしいですね。
小池 「いのち守る政治進める年」
小池 新宿武蔵野館での上映では立ち見が出ているとか。上映期間も延長されて、多くの人に受け入れられていますね。
長谷川 私たちが思っている以上に、感情の起伏をもってみてもらっているようです。社会や政治がよくなってほしいと望む気持ちが強いから、この映画への受け止めも大きいようです。
小池 都内では日ノ出町で、75歳以上の医療費無料化が始まりました。私は、演説で日ノ出町だから、もう日は出たんだ、日はのぼってきているんだと話しています。行政がそういうところにお金を使おうというのは、これまでになかったことです。そういう変化が起きていることと、この映画が多くの人に歓迎されていることとは、偶然ではないと思います。
長谷川 沢内村が掲げた「すこやかに生まれ、すこやかに育ち、すこやかに老いる」という目標は、「それだよ。そうなって欲しいんだよ」と心をほっとさせるものがあります。日本は経済大国になったといわれてきましたが、沢内村が掲げた目標に、程遠い現実がありますから。いま、市民がそういう現実をかえようと動き出しているときですよね。
小池 昨年の総選挙での審判も、この国の流れをかえたいという国民の気持ちのあらわれです。後期高齢者医療制度の廃止を延期したり、新政権には心配なところも出ていますが。
長谷川 新政権にはがんばってほしいですね。
小池 こういう政治の変化をもっと前に動かすのが、今度の参院選だと思います。
長谷川 私は小池さんのような人たちに、与党になってやって欲しいと思うくらいです。市民は「政治屋」というような人たちには、もううんざりしていますから。ゲバラと同じ、お医者さん出身の人ですから、目の前の人を救いたいという原点を忘れずにがんばって欲しいと思います。
小池 ありがとうございます。この映画が描いたものを、私たちは政治のなかで実現しないといけないですね。がんばります。

小池あきら
1960年6月9日東京都世田谷区生まれ。東京教育大学附属駒場高等学校を経て、1987年3月東北大学医学部医学科卒業。1987年より健康文化会小豆沢病院に勤務、その後医療法人社団北病院を経て、東京勤労者医療会代々木病院に勤務。党常任幹部会委員、政策委員長、参議院議員団長
長谷川初範
1955年生まれ。北海道出身。日本映画学校在籍時の77年、今村昌平制作の舞台「ええじゃないか」で初舞台を踏む。78年に「飢餓海峡」(フジテレビ)でドラマ初出演を果たし、91年には「101回目のプロポーズ」(フジテレビ)で主人公の恋敵を演じるなど、現在までドラマ、映画、舞台と多方面で活躍する。映画は「Missing‐pages」(05年)、「沈まぬ太陽」(09年)、「さまよう刃」(09年)など多数出演。

(「東京民報」09年12月27日・10年1月3日合併号に掲載)
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